東京高等裁判所 昭和50年(う)1825号・昭50年(う)1824号 判決
被告人 清水啓一郎 外一名
〔抄 録〕
刑事裁判の目的は被告人ひとりひとりの個別的な刑事責任の有無、程度を判断することにあるうえ、審理にあたる裁判官の認識能力の限界、法廷の規模など裁判所の物的設備の問題、法廷における秩序維持、適正な審理期間などの諸点にかんがみれば、共犯者その他闘争参加者らとの併合審理は絶対の要請ではなく、弁論の併合の範囲、程度については、おのずから限界のあることはいうまでもなく、個々の被告事件をどの範囲、どの程度に併合して審理するかは、刑訴法三一三条一項により各受訴裁判所の裁量に属すると解すべきである(最高裁判所第一小法廷昭和四九年七月一八日決定・裁判集刑事一九三号一七三頁参照)。本件において、所論のように、被告人らを含めたいわゆる佐藤首相訪米阻止闘争の参加者がほぼ共通の認識と政治的決意に基づき共通の目的に向かって行動していたものであり、被告人らの行動のすべてをひとりひとりに分断して理解することができないにしても、その事件の特質を刑事裁判の目的に副った範囲内で理解するについては、いわゆる佐藤首相訪米阻止闘争事件のすべてを併合して審理しなければ、これを明らかにすることができないものとはいえず、個別審理ないし分割審理の方式によっても、その解明は十分に可能である。以上の諸点のほか、本件事案の内容、性格などに照らせば、原審が本件について、被告人清水及び同福沢の両名を含む一六名につき審理の大半を併合し、いわゆるグループ別分割審理を行なったことは相当であって、この措置に刑訴法三一三条の裁量を逸脱した疑いは全く認められない。また、このことによって、被告人らの弁護権、防禦権等が不当に侵害された形跡は見当らず、その他、原審の右措置に所論の違法の点は認められない。
(石田 小瀬 南)